アイアンリーガーWebスペシャル > スタッフコラム
 - Vol.5

大変だったけど、面白かったアイアンリーガー

インタビュー:南 雅彦  -前編-

熱いスタッフが熱いハートで作り上げた
熱血SFスポーツアニメ「疾風!アイアンリーガー」
あのとき受け取った熱さは、やはり本物だったのだ!

--南さんにとって『疾風!アイアンリーガー』が初プロデュース作品だと聞いているのですが?

南:TVでは初プロデュースですが、劇場では『武者・騎士・コマンド SDガンダム緊急出撃(スクランブル)』の経験があったんです。たしかスポンサーのバンダイさんから「SDガンダム」以外にも「SD」のラインができないかというオファーがあったのかな!? それで「SD」ものというと通常ギャグやコメディの路線だったところをシリアスの路線でやってみようとしたんです。

--お関わりになったのは、まだ「スポルジャー7」のタイトルの頃ですか?

南:そうですね。バットで敵を倒し、ボールで敵をやっつけるという、非常にデンジャラスな企画の頃です。「僕はスポーツマンなので、そういう作品は作れません」と、一旦はお断りするところから始まったんです(笑)。

--実際にロボット特捜ものから、スポ魂ものに変わっていった過程というのは?

南:うーん、どういう経緯だったのかな~!?。ロボットにスポーツの特徴を付加してキャラクター性を強く出したというのが要素として大きかった。それでスポーツの特徴+ロボットという部分は活かして、実際にロボットにスポーツをさせようとなっていったんですね。スポンサーサイドや企画室としては、もっとヒーロー性の高い、戦うヒーローといったものを求めていたとは思うんですが、アミノテツロー監督とも「そういう一方的な価値観のものだけを、子供に与えるのは良くないんじゃないか」といった話をしていて「ルールのあるスポーツの中で戦うんなら、それほど企画意図を曲げずに作品化できるんじゃないか」ということで「アイアンリーガー」の企画になっていったんですね。極端な話、主人公たちは相手を絶対に傷つけないわけですからロボットものとしては変わっていますよね。それと、アミノ監督は「スポーツで身体を鍛える」といったようなスポーツ神話をまったく信じていない人なんで「スポーツなんてロボットにやらしときゃいいんだよ」みたいなことも言っていたような気がする(笑)。で「観るのは人間」と。アミノさんのギャグだとは信じていますけどね(笑)。

--当初は2クールの予定だったと聞いていますが?

南:そうでした?3クール以降は「旅もの」にしようというのはスタッフ内では最初から言っていて、後半のはぐれリーガー編は「旅もの」になったわけです。
その頃も含めて、題材にできるスポーツの種類があまりなくて大変だったのを覚えていますね。試合が基本的にサッカーと野球なのは、主役の7人全員を出すためで、11人や9人など7人以上ならシルキーや他のシルバーキャッスルのメンバーを入れれば良いんですけど、7人以下になるテニスとかはあまりできないんですよね。7人以上の競技で、主役7人の中に専門のリーガーもいるんですけど、ブルアーマーのフットボールや、GZのアイスホッケーなどになると、アニメで描くにはルールが解りにくい。フットボールは各選手の役割分担がキッチリと決まってるし、アイスホッケーなんかは次々と選手が交代していく競技なんですよ。はぐれリーガーたちが極端なキャラクターが多いのもマイナーな競技の多かったせいじゃないんでしょうか(笑)。
ただ、延長にはなったけど玩具が売れなくてね。こういう番組は玩具が売れてこその部分があるんですが、まあ、玩具が売れない。ある日、上司と話をしていたら「南、この中で人気があるのは誰だ?」と聞かれるから「マッハウィンディですかね」と答えたら「そいつを殺そう。殺すと人気が出るんだよ」なんて言われたこともある。登場人物の命を守るのが大変だった。まあ、玩具のメインターゲットである子供たちは命のやりとりをするロボットの方が好きなんだな~。とわかったのが反省点です(笑)。

2002年6月17日(月)取材。

■熱いスタッフ&キャスト列伝につづく!

プロフィール

南 雅彦
1961年生まれ。三重県生まれ。サンライズで『機動武闘伝Gガンダム』『天空のエスカフローネ』『カウボーイビバップ』などのプロデューサーを担当。
'98年10月独立し、制作会社「ボンズ」を設立。『WOLF'S RAIN』『鋼の錬金術師』『クラウ ファントムメモリー』など話題作を手がけている。

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